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「カルチャーズスタディ研究所」セミナー講演
『くまのがっこう』と団塊ジュニアママの不思議な関係
(2003年9月12日 東京市ヶ谷でのセミナーの講演内容をまとめたものです。)
●『くまのがっこう』の発売
バンダイでは、新しいキャラクター開発のためにPICT.BOOKというオリジナルの絵本レーベルを展開しています。このPICT.BOOKは当初、若い女性をターゲットとして考えていたのですが、2冊の絵本を出版した結果として、実際の読者としては30歳前後の母親世代が多く、愛読者カードもその層からの戻りが大変多かった。そこでその第3弾として、このあたりのマーケットを想定して2002年に出版したのが『くまのがっこう』です。2002年8月の絵本カーニバルでデビューし、1年でシリーズ16万部のヒットとなっています。
絵本カーニバルというのは、10日間で3万人くらいの入場者がある日本では他に例を見ないイベントです。2000冊くらいの絵本をセレクトして並べ、それを会場でじっくり読んだり買ったりすることができる、いわば絵本の大セレクトショップです。
このイベントへの来場者で多いのはニセ団塊ジュニア世代の母親達で、影響力も非常に強い層です。『くまのがっこう』は2002年のイベントではその他の名だたる絵本を抑え、売上第一位を記録することが出来ました。影響力の強い層にデビューさせることで、そのお母さん達にとっての"My絵本"の位置を獲得することが出来たと思っています。
昔から読み伝えられてきている名作絵本は、もちろん良い絵本なのは間違いないのですが、今のお母さんのセンスやライフスタイルとはやはり少しズレがあります。そこに『くまのがっこう』が上手くポンとはまった感じだと思います。
今年の3月末〜4月の春休みには、"くまのがっこうの春休み展"というのを、二子玉川の高島屋で行いました。この二子玉川という地域は、普段キャラクター商品を買わないような母親達が非常に多いエリアです。ここで、人気のあるクリエイティブ会社に駅貼り広告をお願いしたりモデルの雅姫さんとトークショーをしたりと、ライフスタイル提案もかなり意識したイベントを行いました。
夏には今年も絵本カーニバルに参加して、"くまのがっこうのサマースクール"ということでジャッキーの洋服を子供たちみんなで作ったり、絵本の中ででてくるかぼちゃパンを実際に工房で作ったり。
こうした、絵本だけでなく絵本プラス絵本の雰囲気基調としたイベント等を定期的に開催している、という感じです。
グッズとしてはぬいぐるみと着せ替え、それから12人のくまのこたちそれぞれオリジナルの話を書き起こしたりしたカードセットなど、作家が中にいるからできるような手の込んだものを作っています。いわゆるアニメのキャラクター商品では、このターゲットは動きませんので彼らのセンスやこだわり意識に合致するものを作らないといけないのです。
その他『くまのがっこう』の展開として、まずはサイドストーリーやクリスマスだけダウンロードできる限定クリスマスWeb絵本などの企画をしているホームページ。次に幼稚園への本の寄贈。また子供地球基金という子供たちの学校を作っているNPOへの売上の寄付なども行っています。
以上が『くまのがっこう』発売から一年間の活動ですが、一貫したそのコンセプトとして【ニュースタンダード】【昔からあった感じ】というものを考えています。基本的に絵本はスタンダードなものでないと受け入れられない、あまり若い感性によりすぎてもダメです。やはり子供に与えるものなので親は非常に気を使うということ、また一回買うと毎晩毎晩繰り返し読まれる。毎日毎日の経験が耐久財のように蓄積されていくものです。大阪府立大学の荒木先生は、経験耐久消費財という言い方をされています。
読み聞かせをされた経験がある方もいらっしゃると思いますが、子供は毎晩同じ本を読んでと持ってきます。そうするとお母さんが読んであげるわけですが、ストーリーをただ読んであげるだけでなくて細かい絵のところ、「ここでジャッキーが何かしているね」とか間にコミュニケーションがたくさん挟まりながら読んでいく。一度たりとも同じ読み聞かせをすることがないんですね。お母さんが毎晩毎晩いろいろな形で子供と読んでいくその経験が、ジャッキー『くまのがっこう』というシリーズに経験として蓄積されていって、ブランド価値を形成していくという構造があります。これは他にないコンテンツの強みですが、そういった性質のものなのでオリジナリティが強すぎるとくり返し読みたいときう感じにならないのです。『くまのがっこう』というタイトル、がっこうというフレーム、本の装丁、くまという非常に人気のあるキャラクター。2002年はシュタイフのテディベアが生まれてちょうど100年目というタイミングもありまして、くまのがっこうのデビュー時のキャッチフレーズも「シュタイフが生まれて100年、また1つ小さなお話が生まれましたよ」と、スタンダードなものを継承した形ででているという雰囲気、ヨーロッパに昔からあるような空気を大切にするなど、スタンダード感にはとても気を使いました。それはニセ団塊ジュニア世代には非常に重要なコンセプトだと思います。
●ニセ団塊ジュニアママと絵本
ニセ団塊ジュニアにせよその下の団塊ジュニアにせよ、雑誌で育った世代です。子育てもTVより雑誌・本、活字という傾向が強い。
かつての子育てはTVというのが非常に重要で、兄弟も多かったのでTVの前に兄弟が並んで座って、子供たちは一緒に仮面ライダーなどを見ながらフィギアで遊んだりする。親はその間に家事をこなす。そこで玩具メーカーはTVに効果的に露出していたという構造がありました。
しかし今は子供が少なくなり、親がより関わりを持ち出したこと、また自分自身が雑誌で価値観を作り出している親達なので、TVへのロイヤリティーが強くないんですね。
そういった時に、絵本というのはTVと比べて知的なイメージがあり、その絵本を読んで聞かせる母親像というのは非常にインテリに見えます。しかも子育てに手をかけ親子でコミュニケーションしているという、満足感も非常に強いメディアだということで、こちらにシフトしてきているのではないでしょうか。
どういう絵本を選び、子供に提供するかというところで、いわば母親の価値観を問われるようなところがあります。そこで洋書の絵本を集めて本棚に並べる、という意識もでてくるんですね。絵本というのは、自分自身の価値観を体現したり、母親仲間でいったらどの絵本を読み聞かせしているかでその母親のレベルがわかるというような、重要なメディアになってきていると言えます。絵本=子供のもので、桃太郎や金太郎を読ませておけばいいのね、という状況とは大分様相が変わってきていると考えてもらって良いと思います。
実際絵本を出版してみて、何故それが売れたのかを考えてみて気が付いたことがあります。
まず日本の絵本というのは非常に教育的で、子供に何かを教えるための道具という認識が非常に強い。また日本の絵本マーケットというのは、『ぐりとぐら』などの名作が毎年数が売れますから、それだけ出しておけば大丈夫、新作を出さずに昔の名作を刷っていれば間違いないんですね。だから新しいものが入りようのないマーケットになってしまったんです。
海外では大人が読む絵本もたくさんあって、レベルも含め非常に多様です。日本はセンスの面で遅れているという印象を受けざるを得ません。もちろん良いものもたくさんありますが、絵本作家が非常に気持ちを込めて書きあげた作品というのが多く、今の若いお母さん達の生活感覚からは乖離してしまっていて、子供のために読ませるものだったら仕方ないけど、これが部屋に置かれていたり毎晩自分が読み聞かせるかというと、何か違うと感じていた。日本の絵本は読んでいて楽しくない。海外の絵本を中心に翻訳ものを読ませるようにしているけど、これは逆にデザインだけ立ってたりとそこで今度は子供が面白がってくれない、ちゃんとコミュニケーションが起きずに絵本という意味が弱くなってしまうんですね。
絵は良いけど話がダメなのが海外、話しはまあ良いけどデザインやセンスがひどいのが日本、という状況の中で、両方ちゃんとしていた絵本という位置に『くまのがっこう』があった、ということなんです。
今のお母さん達にとって、子供との接点の中で自己実現をしていくというのが一番のポイントですから、子育てとしての、非常に満足度が高い、自分自身のライフスタイルを体現したりデザインやセンスを発揮する場が絵本であるというポジションで、ちょっと知的レベルが高くお金もあるというお母さん方が求めていた場所に『くまのがっこう』が上手くはまった。これが自己分析です。
●『くまのがっこう』の基本戦略とニセ団塊ジュニアの価値観
先程も挙げましたが、『くまのがっこう』で一番意識しているのは【スタンダード】ということです。子供にとって幼稚園や保育園を含めたがっこう、というのは一番のポイントでスタンダードなフレーム。それから兄弟。ボクはお兄ちゃんで妹がいる、ジャッキーにもお兄ちゃんがいっぱいいる。子供にとって非常に接点の近いテーマですし、親にとってもわかりやすい。これでもかというほどスタンダードなテーマで、なるべく新しいことはやらないようにしています。
たくさんもらう愛読者カードでも、デザインがかわいいというのが多い一方で、やぱり兄弟とかがっこうという親しみやすいフレームに対する支持が非常に強いです。「ジャッキーのパンやさん」のお話の概要はこうです。バザーをやろうというのでみんなでパンを作りました。大きいパンを作るのですが、それをジャッキーが嬉しくてつぶしちゃう。ジャッキーは一番下の子ですけど、お母さん代わりという自負がありますから、わたし売ってくるわ、と言ってバザーに持っていって売るんですけど全然売れない。雨も降ってきてしょんぼりしているとお兄ちゃんたちがいわばお客さんの代わりになって買いにきてくれる。ジャッキーは嬉しくなって泣いちゃって、泣いてスッキリしたあとみんなでご飯を食べて家に帰ると、がんばったくまのこたちに誰かからキルトの布団のプレゼントが届いていて、それを掛けてみんなで寝ました、という話なんですけど。
「その中に思い遣りみたいなのを感じました」という葉書きがたくさんきました。モノよりコト、非常にモノ志向が強かった人達があえて感動しようとしている、子供と一緒に感動したがっている、というのを強く感じています。
それから、生活上にごく当たり前の1日の生活を描こうというコンセプトにもこだわっています。生活ツールというか、道具ですね。パンを作る道具などたくさんでてきます。このあたりもお母さん方に人気があるのですが、生活に寄っている、等身大の世界で描かれているいわば理想の家族像・兄弟像への支持が強くあります。このお母さん方というのは渋カジを生んだ世代と言われているようで、非常にシンプルで等身大のファッション、でもその中に自分なりのこだわりを求める、というのが特徴で、この絵本でも非常にベーシックでシンプルなフレームの中に、ファッションとか小物のこだわり、ある種の理想的な人間関係をシンプルに作り出しているという構造がお母さん方の価値観に合っているのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、商品にも非常にこだわりを持っています。【こういう商品も全て、絵本の延長線上の作品です】と。広告で賞をもらったり、絵本で登場するキルトを手縫いで3ヶ月掛けて制作したり。絵本の世界を実際の生活の中で広げていって、パン作りの体験なども含めて世界観をトータルで楽しんでもらおうとしています。シンプルだけどこだわるという両面をどうカバーするかをかなり意識してやってるんですね。
4つ目として、絵本の舞台としているイギリス、ヨーロッパ風の、ヨーロッパに昔からあったような雰囲気を上手く出したいと思っています。僕は宮城県出身、あだちは岐阜県出身という田舎者二人が作っているので、ヨーロッパ風に作ってもどうしてもドメスティックなところがでてしまうんですが、でもそれがどうも良かったのではないかと思っています。東京出身でおしゃれに作ったのでは外したんじゃないでしょうか。悪く言えば田舎くさい、野暮ったい感じで、あえて言うと和と洋の融合、ある種ドメスティックな感じとヨーロッパ的なものとの混ざり合い加減というのも重要で、田舎くささも含めて上手くセレクトするような感覚が非常に大切だと感じています。
5つ目は社会性、チャリティーですね。「くまのがっこう」は、基本的に売上の一部を寄付しています。イベントをやるにもチャリティーイベントで、最近だとドネーションバッチというものを売って、その売上を全額、子供地球基金というところに寄付しています。そもそも、二子玉川の高島屋など、公共の場所で絵本のイベントをやる必然性が販促以外に何かあるのか、絵本を売るためにそこでイベントをやっています、というのは格好悪いと考えたんですね。こだわって良い世界観を作って、それを支持してもらおうというときに、結局はお金だけ掛けてイベントをしているというのは昔っぽい発想なので、もう一つちゃんとした理由が欲しかった。コンテンツと社会が接点を持つというのが必要だろうと。イベントではチャリティーのためにキャラクターを出して、普通にチャリティーをやっても親や子供の関心を引けない、距離のあるところで、間にキャラクターの世界を入れることによって非常に分かりやすく、自分のこととして子供もチャリティーができるという構図を作りたかったんです。
団塊ジュニア世代は横のベクトル、環境問題やボランティアに非常に関心の高い層です。アンケートでも、子供地球基金への寄付は素晴らしいという声をたくさんいただきます。子供のために絵本を買った、その売上が子供を助けるためのお金として使われていくという構図は素晴らしいというお話も随分いただきます。
今は社会性、社会との接点をどう作っていくのかということが非常に重要で、「今話題になってます」「どれくらい売れました」と言ってもそれがどうしたの、というムードが消費者の中にはあると感じていました。そこで彼らが、ぜひ支持したいという価値軸を売上やそういった数の論理じゃないところで作って、まとめてあげられれば、ブランドとして強いだろうと考えています。
最後に、母親が選ぶ絵本、親子コミュニケーションということについてですが、今の絵本の購入パターンは、子供に選ばせて母親もまあいいかな、と思って買う場合と、母親が選んで子供にどう?という場合の2通りありまして、以前は前者の方が多かったのですが、現在では母親が選ぶことが多くなっています。特に『くまのがっこう』の場合は母親がまず飛びついてくれますね。これは絵本というものが母親が選ぶ時代になりつつあることの表れとも言えると思います。
これは先程も述べたように、自分にとっての価値観を体現するということなので、当然自分でセレクトする。子供もそれが良いと言ってくれれば親子コミュニケーションが成立するという構図です。今までの家族というのは縦志向が強かったのですが、今はそれが友達親子と呼ばれるような横の繋がりに変わってきています。それは本当に価値観を共有しているのかお互い危うい家族を守るための処世術なのか微妙なところですが、とにかく非常に仲が良いんですね。今のお母さん方というのはまたとても恵まれて育ってきて、あらゆる情報をもってあらゆるブランドを経験してここに至っていますから、センスもあるし頭も良い。子供からしたら格好良いお母さんなんですね。ファミリーの中心としてその価値観を体現しているお母さんに、お父さんも追従する関係。母親としても自分の価値観を支持してくれる子供がとてもかわいい、と。親子で一緒に支持するものを欲しているわけですね。この絵本はまさに母親から入って母子ともに支持する親子コミュニケーションの、シンボルみたいなポジションを獲得していると思っています。
●母親時代の到来
『くまのがっこう』のヒットは、キャリアママ的な流れから今まで貧乏くさいと言われていたナチュラルテイスト、ドメスティックな部分へ大きくシフトしてきていることの象徴であると思っています。
会社的、縦のヒエラルキーな価値観から、横でじわじわと広がりながら緩く繋がり合っているコミュニティへのシフトという感覚が非常にあります。
母親ということで言うと、今までの母親というのは母親を演じている要素が強かった。それまでどんなにおしゃれな生活をしていても、子供が出来たとたんに女性から母親に変わってしまっていた。それが今のお母さん達は、子供が出来ても全く自分のライフスタイルを変えない、変えなくても良いわけです。旦那もそれで良いと言ってる。子供もそうしてくれと言ってる、逆にどんどんそのライフスタイルを強めていくんです。今までの生活に、子供という楽しいコンテンツが加わったという感じなんですね。子供服や子供の玩具というのも、面白い。子供的なものというのは今非常にトレンドで、母親になることでそういうものを手に加われる、子供服や絵本など、子供的な商品をポジティブに楽しむという方向に変わってきています。
こうした子供的な価値と大人の価値が交じり合う中で、母親というのは実に魅力的なポジションなのです。両方楽しめながら子供的な価値も自分の価値としてどんどん吸収出来てしまう、母親として子供を楽しむという言い方も出来ると思います。
絵本というのも、ですから子供向けに作っても多分もう売れないだろう、母親がまず好きになり、子供に向けて渡せるような接点で作る、という意識がますます大切になってくると思います。
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